高効率のオペレーションを目指して…
滝川温泉お座敷ツアーと「とりのうた」
(後編)
(「わたりどり」2010年4月)
 快速電車で岡山駅に戻った「とりのうた」はすぐに西岡山駅に改装し、汚物の抜き取りと給水を行います。ただし西岡山駅には汚物処理施設がないため、バキュームカーを手配しての抜き取りとなります。JRツアーズの車両は独自の検修設備を持つ高島工場以外はすべてJR貨物の施設を間借りしています。当然貨物列車には抜き取り設備がありませんので間借りした一角に処理設備を設けるわけですが、あまり発着がない貨物駅や条例などの関係で下水の引き回しが困難な駅ではバキュームカーや給水車を手配することもあります。
 このツアーではこのとき岡山のホテルから夕飯用のお弁当を積み込みます。クモハ485には広々とした業務用室があり、ここに積み込無ことができますが、585系「ウルトラバイオレット」はシートピッチを広げたためにこういった業務用スペースがなくなってしまいました。実際にこのようなオペレーションをするときに「ウルトラバイオレット」ではどこに積み込むか? こたえは運転台直下の貫通路。ここを臨時の業務用室とします。
 ドタバタと荷物を積み込んで、あわただしく「とりのうた」は岡山16:03滝川温泉行き快速で戻ります。この時間帯は通学客や買い物客で比較的乗車率が高いのですが、485系は700ミリ幅の扉が片側1ヶ所、しかもデッキつきなので乗降にたいへん時間がかかります。そのため小野川電鉄内の停車駅は高村・千峰のみとし、停車時間を多めにとっています。それでも遅れがちになるので運転士はできる限り停車時間を稼ぐための運転を強いられます。

▲設備の関係で西岡山駅ではバキュームカーでの抜き取りとなります。このほか給水と帰宅便のお弁当の持込を短時間のうちに済ませなくてはなりません。

 電車が滝川温泉駅に戻ってくるころ、添乗員は集合場所でお客様を待ちます。集合時刻と列車の発車時刻には約30分のギャップを置いていおり、その間に時間までに帰ってっこなかったお客様の「捜索」を行います。滝川温泉郷はそれほど広いところではないので、アタリを付けて探せばたいていの場合は見つかりますが、アクティブなお客さまの場合、タクシーで隣の温泉郷まで行ってしまったりもするので、そうなるとたいへんです。
 旅行を円滑に進めるためには、観光地での顔つなぎはとても大事です。旅行プランの柔軟な作成はもとより、お客様の捜索においても「ツアーズさん」「滝川タクシーさん」の関係であることはたいへん重要となります。それゆえにオフシーズンは、地元業者様と親睦を深め、情報交換をすることがよい旅行商品の開発につながるわけで、決して会社のお金で遊びに行っているわけではないのです。
 閑話休題。何事もなければ17:05に「とりのうた」は滝川温泉駅に戻ってきます。ここでお客様の降車を確認後、座席からお座敷にクイックチェンジをしますが、その前に空き缶などが座席にあるとクイックチェンジができないので念入りにごみを掃除しなくてはなりません。大体20分ほどの時間をかけて車内整備が終われば、テーブルを出してお弁当と飲み物を並べ、17:36滝川温泉駅を発車。大阪駅へ戻ります。帰路は往路よりは若干の余裕があるものの、それでも時速120キロでの巡航となります。485系には定速度制御がありませんので、マスコンハンドルを握りっぱなしでの運転となります。485系のマスコンはばね入りのため重く、長時間の運転は地味に疲労がたまります。この点定速度制御のできる585系は負担が軽くなっており、足の長いツアーには優先的に585系が割り当てられます。その伝でいくと滝川温泉ツアーも片道200キロ超(これで長距離というのもさみしい話ですが)の長丁場なので585系が割り当てられてしかるべきですが、585系には「クイックチェンジ機能」がありません。
 585系は485系のアコモデーション改善を目的に企画された車両です。それゆえに座席もピッチ1,000ミリのリクライニングシートを採用しています。クイックチェンジ機能は機構上ボックスシートにしかできないため、585系では滝川温泉ツアーの運用ができません。効率化を目指したがゆえにイノベーションが阻害されてしまったわけです。
 とはいえ485系の老朽化も待ったなしのところまで来ており、滝川温泉ツアーも将来の車両について考えなくてはなりません。運用を変更して585系に置き換えるのか、それとも滝川温泉用にクイックチェンジ仕様を仕立てるのか、現在は模索中というところです。

▲滝川温泉駅に到着後、折り返し時間約30分の間に座席→お座敷にクイックチェンジし、手早く配膳を行います。クイックチェンジに約15分時間をとられるので、配膳は大わらわです。

 そんな思惑とは裏腹に、485系は山陽本線を軽快に走ります。姫路駅からは新快速と平行ダイヤで走るため最高速度130キロでの運転となりますが、これもまた運転士泣かせな部分です。MT61モータをローギアードでセッティングしているため走行性能には全く問題ありませんが、ブレーキが120キロ時代の状態から増圧しているだけなのでたいへん気性の荒いブレーキになっており、慎重に扱わないと乗り心地を損ねてしまいます。585系であればB7のみを増圧対象として、B1〜B6は通常のBC圧ということもできますし実際そうなっていまっすが、485系はSEDなのでセルフラップ帯すべてが増圧対象となってしまいます。SEDゆえにフェザータッチで微妙なBC圧を作ることは可能ですが、485系のブレーキハンドルはフェザータッチができるほど軽くはないのが悩みです。
 車内で動き回るコンダクターも585系に比べ重心の高い485系は動きにくいという定評があります。DT32台車はこと直線区間においては抜群の安定性を誇りますが、線路状態が悪いとインダイレクトマウント台車ゆえのローリングが気になります。特に給仕中にローリングを食らうとビールなどをこぼしかねないので、コンダクターは担当区間の線形は乗務員以上に記憶しているのだそうです。
 
 運転士のそんな苦悩とはまったく関係なく、485系は三ノ宮駅を時間通りに発車します。コンダクターは降車の準備をお客様に促し、車掌は各車両のスイッチ類の確認を始めます。485系の旅は大阪駅を発車し21:26吹田車庫到着まで。家に帰るまでが遠足です。

▲心地よい疲れと宴の思い出をのせて、「とりのうた」は一路大阪へと戻ります。
 
 

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サマンサ 2012
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