JRキハ76・77形式ファイナルツアー


 JRツアーズ開業から30年の2017年7月30日、キハ76・77形式による最後のツアーが開催されました。
 キハ76・77形式の最後をつとめた車両は1988年に製造され、東北支社盛岡支店に配属されたキハ76-9+キハ77-9の2両。2014年度末から 投入が続けられているMD175系がキハ76・77形式を置き換えるだけの数になったため、引退の運びとなったものです。
 最終日のツアーは盛岡発すみさといちご鉄道経由の澄里どくいちごツアーで行うことは早々に決まったのですが、この商品はすっかり夏の定番ツアーとなっており常連客も多いツアーです。
 それゆえに最終運行目当ての鉄道マニアがガンガン商品を購入してしまい、常連のかたからお叱りを受ける羽目になってしまっては元も子もないため、通常便はMD175形式による運行としてそれとは別に60分続行でキハ76・77形式による臨時団体ツアーを催行することにしました。
 このように急遽ねじ込んだスジのため、運転時間にかなり無理が生じてしまったのは仕方のないところです。特に盛岡駅集合が7:30という鬼のようなスケジュールになってしまったので催行人員に達するか不安でしたが、盛岡車庫での撮影会というオプションが効いたのかはたして定員の50名(キハ76・77形式の定員は2両で54名なんです……)はあっという間に埋まりました。


 盛岡駅に集合した50名はキハ76+77形式で盛岡車庫へ移動。ここでMD175系・キハ171形式と並べての撮影会が行なわれました。キハ171形式 も2018年度までに全車両が岡山に転属するため、この3形式が盛岡で並ぶのは今回が最後とあり、撮影会は大いに盛り上がります。
 9:20に撮影会を終了し、そのままキハ76・77形式はツアー列車として澄里に向かいます。澄里到着は11:30。およそ2時間の旅路です。
 変速ハンドルを始動スイッチにさし、スターターを回すと2両の気動車は車体を震わせて目を覚まします。MGが回りだし4VK発電ユニットが動き始め、ありとあらゆる機械が始動していくさまは最近の電車では見られない『人間らしさ』を感じます。
 もっとも、キハ76・77形式の種車であるキハ30形式が登場したころは『スイッチひとつで起動する人間味のない機械』という評価だったわけですが。人間はいつだって勝手なものです。
 盛岡車庫を発車するとDMF13HZの乾いた音が車内に響き渡ります。キハ76・77形式はもともとキハ35形式の機器を流用して造られた車両ですが、1998年にエンジンをDMH17HからDMF13HZに換装しています。ただし、トルクコンバータがDF115Aのままなので大トルクを支えきれず、出力は184kw(250馬力)に抑えられており、いささかもてあまし気味の低い音で盛岡の構内を進みます。
 本線に入るとぐんぐん加速。ファイナル3.04は65km/h程度のローカル線には好適ですが、本線を100km/hで巡航しようという向きには高速でのパンチが不足気味。このツアー列車もエンジンは唸っていますが速度計は90km/hをさしたままです。
 本線は1線級の線路規格なのでDT22台車でも乗り心地は上々。DT22はオイルダンパこそついているものの金属ばね2本で車体を支えているのでアンジュレーションを拾いやすい台車。それゆえに車内で配膳を行なう場合はことのほか気を使うのだとか。
 『新潟で利き酒ツアーをこの列車で催行したときは、本当にたいへんでした。弥彦線、すごく揺れるんですよね』
 添乗員氏は笑いながら当時のことを話してくれましたが、あまり想像したくないツアーですね……。

ツアー料金12,000円、盛岡駅7:30集合という条件のあまりよくないツアーにもかかわらずあっという間に50名の催行人員が埋まりました。まずは盛岡車庫での3列車並び撮影会からツアーが始まりました。


 本線を快調に走り、北岡駅1番ホームに進入。ここまで1時間10分ノンストップで走行してきました。平坦線なので90km/hアベレージで快調に飛ばしてきましたが、DMH17H時代や山岳線ではこうはいかなかったとのこと。
 北岡駅を発車後、構内を35km/hで静々と走り出し、そこから90km/hへじっくりと加速。水郷駅まではこれといった速度制限はないので快調に歩を進めます。
 水郷駅からすみさといちご鉄道に入るため、場内で45km/hに減速。キハ76・77形式のブレーキは国鉄型気動車でおなじみのDA1A。A制御弁を使った伝統ある、言い換えれば前時代的なブレーキです。キハ76・77形式は2両つなぎで各車両に電磁弁をつけてますので、SMEのように編成の長さでブレーキにラグがあるわけではないのですが、それでもブレーキハンドルを『込め』に入れてから実際にブレーキがかかるまで数秒のラグがあります。
 かつての気動車運転士であれば、そのラグを込みの上でブレーキ位置を決定することは難しくありませんが、いまやJRツアーズの車両でDA1Aを装備しているのはキハ76・77形式だけ。電直のSEDですら487系のみとなっておりあとはすべてHRD電気指令式となっています。
 なので今の運転士のほとんどが、HRDの応答性が体に染み付いているわけで、『キハ76・77形式を運転している』という意識を常に持っていないと、HRDのノリでブレーキをかけてしまうのではないでしょうか?
 『そういうことはないねえ。始動スイッチ入れるでしょ。あのとき気持ちがちゃんとDA1Aに切り替わるのよ』
 液圧式気動車の場合、機関始動の際に変速ハンドルで機関始動スイッチをカツンと回すのですが、その『儀式』がはからずも運転士の切り替えスイッチになっているのだそうです。
 『キハ76・77は変速ハンドルも操作しなきゃならないしね。まあ何から何までイマドキのクルマと操作が違うから、うっかりってのはないのよ案外』


 ATSをPからSに切り替わったのを確認し、いちご鉄道に入ると車両のゆれが変わります。いちご鉄道の線路は国鉄流に言えば4線級。許容軸重は12tです。そのため最高速度の85km/hに近づくとピッチングが大きくなり、上下に飛び跳ねるような揺れになるのです。
 『いちご鉄道に入るとよく言われるんですよ。『運転士が変わったのか』って。まあお客様には線路の違いなんてわかりませんからね……』
 そういうときは高速道路と砂利道に例えて線路の違いを説明するのだとか。添乗員もたいへんなのです。
 単線区間を20分ヘッドで行き来するいちご鉄道のダイヤの合間に運行される団体列車は速度の調整がたいへんです。今回の例だと北岡10:10発の普通1207列車の9分後を追いかけて北岡を発車。久川で普通6208列車と交換するため、最高速度の85km/hをキープして久川10:29着。1分運転停車した後は川東10:39到着とまさに綱渡りのような運行を強いられます。
 しかもいちご鉄道は速度制限箇所も多く、ブレーキングもシビア。これがキハ171形式ならトルク(すなわち加速力)が高いのでかなり楽なのですが……。

青い線が今回のツアー列車。川東と滝神楽で長時間の交換待ちが発生しましたが、レールファン的には絶好の撮影タイムということで思いのほか好評でした。

川東駅での長時間停車は〈スイートボックス〉の回送列車との待ち合わせのため。当ツアーの特典として、川東駅の立ち入りできない旧ホーム跡地から〈スイートボックス〉との並びを撮影できるオプションを用意したところ大好評でした。

 川東駅では時間調整を強いられます。この時間、澄里から回送列車が上っており、団体列車であるこちらは川東で回送列車との行き違いのため25分停車。さらにそのあと区間快速2312列車が上ってくるので急いで次の交換駅、滝神楽駅まで進まなければいけません。予定臨時列車ではない急遽挿入された臨時列車ゆえに、運転には苦労が多いのです。
 団体列車とはいえ、長時間停車が連続すると、乗客もイライラするのが常ですが、今回の乗客はレイルファンばかりなので、停車時間は格好の撮影タイムでむしろサービスと捉えられたようです。まあ、結果オーライですね。
 それにしても滝神楽駅での停車中、誰一人として沿線きっての観光名所でもある『神楽の滝』を見に行かなかったのはさすがというかなんというか……。
 そんなこんなで11:30に澄里駅に到着。ここで10分停まったのちに澄里車庫へ回送しました。車庫ではいちご鉄道との並びの撮影や、動態保存車両キハD160形の体験乗車、工場見学などが行なわれ、約3時間のひとときを過ごしました。
 JRツアーズとしてもほぼ車両のまわりだけで完結するツアーは労力の割りに儲けがよく、添乗員の報告書に寄れば『毎月新形式と廃形式を出して、定番ツアーとして催行しましょう』とありました。無茶言うなよ。

澄里駅に定時到着。2番乗り場には先行したMD175系のいちご狩りツアー列車が滞泊していました。10分程度の時間でしたがここでも撮影タイムです。

澄里車庫での撮影会ではいちご鉄道の協力で動態保存車両のキハD160形を動かしてもらいました。またキャラクターの着ぐるみを用意し、撮影に華を添えましたがこれは不評でした。



 澄里15:33。泣いても笑ってもこれが最後のツアーです。区間快速1316列車の12分後ろをトレスするように走行します。帰りは交換待ちによる長時間停車はないので久川駅での運転停車を除いてノンストップ40分でいちご鉄道を抜け、北岡駅でJRツアーズの運転士と交替。夕暮れの東北路で701系に別れの言葉を交わしつつ、17:25盛岡着。
 乗客を降ろし、1987年のJRツアーズ誕生から活躍してきたキハ76・77形式の全ツアーが終了しました。
 もともとキハ35形式を改造した、間に合わせの団体用車両で10年程度の使用を前提に造られた車両でしたが、思いのほか長生きをし、多くの乗客の旅のお供をしてきました。
 乗り心地は芳しくなく騒音も大きな車両で、車体幅も狭く座席数が少ないため、JRツアーズとしてはあまり稼げる車両ではありませんでしたが、くつろぎの展望サロンやゆったりとした3列シートは思いのほか旅客に好評で、ツアーによってはあえてキハ76・77形式を指名するエージェンシーも少なくありませんでした。
 最後まで愛され、ファイナルツアーもつつがなく終わらせたキハ76・77形式。おつかれさまでした。

夕暮れの東北路をヘッドマークを掲げて力走するキハ76・77形式。701系とのすれ違いも今日が最後です。


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