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  オーバーロードの限界…800形

 北陸鉄道の渋チンっぷりは熾烈を極める一方で、加賀線車両の老朽化は着実に進行しました。特に70形の老朽化は待ったなしのところまで進行しており、早急なリニューアルが必要となりました。
 当然新車など望むべくもない状況なので、70形の機器を流用して車体と台枠を新造する形をとりました。で、車体を変えるのであれば大型化しようということで、車体を17メートル級に拡大、車幅も2,800ミリとして収容力を向上させています。
 ところで、モータ出力はそのままで車体を大型化すると、それに伴う重量増加で走行性能が低下してしまいます。HS-302の出力は37.5キロワット。低速の引き出しは問題ありませんが、30キロも出ないうちに抵抗が抜け、40キロ程度で速度が頭打ちになってしまっては使い物になりません。そこで弱め界磁の巻線を引き出して、60%弱め界磁を追加。出力45キロワット相当、許容回転数を940rpmに上昇してなんとか65キロを確保しています。

▲800形はMT編成では性能的にいろいろ厳しいものがあったので、Mの800型は30形や70形などと連結し、Tの850型は700形の増結用に使われました。画像は700形の急行に増結された850型。700形は高回転大馬力のMT40モータのおかげで、1M2Tでも難なく急行運用には入れました。
 

 車体は可能な限り軽量化を図るため、アルミやステンレスなどの軽合金も考えられましたが、高価な軽合金を使える予算があるならそもそもこんな苦労はしないわけで、普通鋼でいかに軽量化を行うかが考えられました。
 手っ取り早い手段として板厚を1.6ミリとしました。通常2.4ミリの板を使うので、単純に考えると鋼体重量を2/3とできるわけです。とはいえ剛性は稼げませんのでできるだけ開口部が小さくなるようなデザインということで、側面はバス窓、ドアも3ドアから2ドアになりました。車体を軽量化した分台枠も簡素化できるので結果これも軽量化につながり、車体重量はM車で24トンを達成。17メートル級の電動車としてはかなりの軽量車となりました。
 ブレーキはSME。発電ブレーキを常用する仕様は変わっていませんので、70形や90形との連結が可能です。加賀電は基本的に3両編成まで出しか運用しませんので、シンプルかつ確実な動作が期待できるSMEがたいへん好まれていました。そのため運用の融通を利かせるため、HSCブレーキをあえて採用せずSMEとしています。
 制御方式はHBF。制御装置も種車のものを流用。直列5段並列4段、加えて弱界磁1段の計10段ですが、マスコンハンドルに弱界磁の刻みがないため、並列最終をバイパスしています。300形の登場まで加賀電の車両はHL/HB(F)+SMEの組み合わせに統一されており、さまざまな車両が相互に連結可能でした。もっとも「連結できる」というだけで実際には形式が異なるとモータの特性も異なるため、他の形式と連結すると衝動が抑えがたく、評判はいまいちでした。そのため基本は同系列で連結するのですが、800形は例外的にさまざまな系列の車両と連結するようになります。原因はひとえにアンダーパワーが故です。
 本来は、800形はMT2連基本として運用する予定でしたが、MT編成では出力不足がいかんともしがたく、現実にはMTMの3両編成での運転をせざるを得ない状態でした。

▲シャイニングカラーの塗装試験に使われた850型。営業運転では800形がシャイニングカラーをまとうことはありませんでしたが、晩年は車庫で昼寝をするのがおもな仕事となっていたため、850型が塗装試験車両に選ばれました。
 

 しかし普通電車では3両編成は輸送力過大で、3両編成が必要となる急行では高速性能が不足という状況で、性能がどっちつかず。結果性能不足をカバーするため他形式の車両と連結したり、800形のMMの2両編成で普通電車に運用するなどして使われました。800形のTc車850型は、800型との連結よりも700形のTc車として使われる機会の方が多く、晩年はブレーキをHSCとして、500形と連結した車両もあったほどです。
 その800形ですが、1984年に武蔵ヶ辻延長が決定すると、地下線からの勾配を登坂する性能が不足するためMの800型が運用を離脱。Tcの850型も700形がHSCに改造された1990年に引退しました。このとき800形はモータをMB-98Aあたりに取り替えて延命することも検討されましたが、加賀電は700形投入の際「今後の加賀電は20メートル4ドアを原則とする」と方針を定めており、まだ車令的にも若いにもかかわらず、17メートル2ドアの出る幕はなかったのでした。

▲800型+850型で編成を組むことはめったにありませんでしたが、それでも晩年は朝の準急で30形+800型+850型の3連を見ることができました。1M1Tでは性能的に厳しくとも、30形をつないだ2M1Tならなんとか準急程度になら使えたというわけです。
 

あのころは「地方における鉄道の時代は終わった。輸送の柔軟性が高いバスの時代だ」という世論でしたから、致し方ない部分はあります
会社は普通利益の出ない事業に投資しないものね
加賀線も廃止の意向だったんですか?
はい。北陸鉄道は鉄道線の全線廃止を表明していました。ですから路線廃止までの数年保てばいいという考えで作られたのが800形です
なるほど
しか〜し! 沿線の廃止反対により廃止計画は進まないわ、名鉄と近鉄が暗躍する和で混乱に陥りま〜す! これにうんざりした加賀線は独立を宣言するので〜す!
で、余計貧乏になったと
独立してから数年はとにかくお金がありませんでしたので、独立後は800形すら満足に作れない状況が続きました
で、800形ですがHS-302って路面電車用のモータですよね。よく17メートル級とはいえ大型の車両を、よりによって1M1Tで走らせようなんて思いましたね?
モータ出力で性能を語ると陥る落とし穴ね。
HS-302は決して悪いモータではありません。むしろ使い勝手には優れていました・
モータ出力なんて電圧×電流の積でしかないの。大事なのは引張力。トルクね。
つまりトルクが強いモータだから37.5キロワットでも大丈夫だったと
1台あたり625キログラムのトルクを発生できるのよ。それが1両4台だから2,500キログラム。ギア比を4くらいに高くして弱界磁を追加すればすれば60キロくらいならいけるのよね
でも思惑通りに行かなかったと
物理の世界に一挙両得はありませ〜ん! 低速トルクが強い代償は、高速トルクの決定的な不足として現われま〜す!
ギア比を高く取った結果、30キロにも達しない段階で抵抗が抜けちゃうのね。あとは回転数勝負になるんだけど、HS-302はいいとこ回して900rpm。ギア比4だと34.7キロでしょ。
定格でそのくらい頑張れば80キロくらいいけるんじゃ…
吊りかけの直巻モータはインダクションモータのような無理は利きません。震動がモータにかかるのでフラッシュオーバの危険が増します。
そんなわけで平坦線でも60キロがいいとこ。1M1Tだと車体の重さが効いてきていいとこ40キロね……。
でも、それって作る前から計算でわかっていたことですよね。なんで大型化なんてしたんですか? 14メートルのまま車体更新したほうがよかったんじゃないかと……。
お金がたまったらモータを新しいのに換えて本来の性能を出そうと思ったんだけどね……
お金がたまる前に300形を作ってしまってそのままになってしまいました
その後はオイルショックで旅客が急増し、2ドアよりも4ドアという考え方になって、いまさら800形を再生するなら4ドアの新車作ろうぜという程度うには成り上がりま〜す! 金持ちケンカせずですね!
行き当たりばったりなんですね……
ノウノウ! 時代の変化に敏感といってくださ〜い!
ものは言いようですね……

MB-3020との出会い…300形

▲加賀初の高性能車300形は、加賀電のフラッグシップトレインにふさわしい接客設備と足回りで加賀電のイメージを大きく変えました。

 いろいろ悶着はありましたが、とにもかくにも加賀線は1965年に北陸鉄道から独立しました。独立当初はお金がなく、さらには名鉄と近鉄を敵に回したため他社からの融通もないため、独立から数年はたいへん苦しい状態が続きました。
 そんな状態から3年たった1968年、加賀電鉄は独立記念に新型車両6両を製造することになりました。路盤がある程度整備されて最高速度90キロが射程範囲になったため、加賀電のフラッグシップトレインとして回転クロスシートの新型車両300形が企画されます。
 新造と言っても予算が潤沢にあるわけではありません。床下機器は価格のこなれた実績のあるものから選ばなくてはなりませんでした。そのとき提案されたのが、MB-3020モータとABFM制御の組み合わせでした。MB-3020モータは定格回転数1,600rpmで出力125キロワット。奈良電で1M1T時110キロ運転をこなしたり近鉄で青山峠を時速100キロで登坂できたりと、トルクを自在に取り出せる高性能モータなので、低速から高速までパンチの効いたトルクが約束されています。これを平坦線の加賀電で使用すると、歯数比4.21で最高速度128キロが射程に入ります。平坦線オンリーの加賀電では奈良電同様の1M1Tで十分とされましたが、あえて1C8Mの2M編成としました。これは40〜70キロの速度域で最大のトルクをかけるという加賀電の目論見があったようです。MB-98AやHS302でたまった鬱憤をMB-3020で取り返すような、そんなセッティングです。
 また、300形のABFMと400形以降のABFMでは、名前は同じでも内容が全く異なります。400形以降の制御装置は電動カム軸式ですが、300形のそれは単位スイッチ式です。これは、加賀電がHLやHBFのダイレクト感を損なわない制御方式を求めたためと言われています。実際のところ単位スイッチ制御器は1967年に生産終了していましたが、300形のために40段の超多段式単位スイッチ制御器を製造したそうです。
 単位スイッチであればノッチオフから再加速までダイレクトに制御でき、単線区間でのストップ&ゴーなどでは大きな力を発揮しました。このほか駆動方式も吊りかけからWN駆動になり、すべてのシステムが一新されました。全界磁までの加速力2.6キロ/秒、最高速度128キロという、これまでの加賀電とはまるでレベルの違う高性能車両となりましが、潤沢な予算があるわけではないので、細部はいろいろと見切られています。 
 まず、単位スイッチ方式の限界まで多段化したかわりに、機構が複雑になる電気ブレーキはあっさり省略しています。これは質のいい合成制輪子が実用化し、時速100キロからでも安定した制動力を得る目処がついたことによります。もっとも、合成制輪子は天候の変化に弱く、雨や雪では制動にかなりストレスがあったようです。また、1C8Mというのも加速には不利で、雨の日は低速で転んだ分を高速域で取り返す、そんな走りがよく見られました。それでも単位スイッチ方式のダイレクトな操作感は、1C8Mでの加速の不利を十分カバーできるもので、500形登場後も300形は「素直なクルマ」と乗務員に愛されていました。
 ところで300形は、計画当初は座席指定特急としての活用を目論んでいました。そのため定員乗車を前提に、応荷重装置を取り付けていません。定員乗車だから4.21の歯数比でも比較的余裕を持って加速し、高速域に持てる力を振り絞る。そんなセッティングとなっていました。ところが土壇場で座席指定システムが頓挫したため、料金不要のロマンスカーとして投入されます。旅客サービスとしてはシートピッチ1,000ミリの、言い換えれば国鉄グリーン車並の座席に特別料金不要で利用できるのですから大盤振る舞いもいいところなんですが、それゆえに混雑が常態化してきました。

▲電制を省略したのは賛否が分かれますが、特急用と割り切っていたので決して見当はずれなデザインとは言い切れません。
 

 300形は混雑のことを考えた設計になっていません。そのため定員を大きく超えると性能が著しく低下してしまうのです。計算してみましょう。定格電圧340ボルト、電流410アンペアで全界磁で引張力750kgを発生します。これが8台で6000kg。300形の重量が2両で66トン、人間1人60キログラム換算で定員160名なので9.6トンを足して75.6トン。以上から全界磁での加速力2.6キロ/秒が割り出せます(引張力÷編成重量÷30.6)。しかし乗車率240%が常態化した朝のラッシュ時となると重量が89.04トンになります。こうなると全界磁までの加速力は2.2キロ/秒まで落ち込みます。実際には電圧もドロップして本来の出力が得られず、場合によっては2キロ/秒を切ってしまうこともままありました。ちなみにこの410アンペアというのは編成電流1,640アンペアということでもあり、加賀電のき電設備から言ってもかなりギリギリで、現流値をおいそれと上げるわけにはいきませんでした。
 そのためラッシュ時は若干ランカーブを寝かせた上で比較的混雑に余裕のある準急として運用、日中は高速セッティングの足回りを生かして特急して運用されましたが、これはこれで運用の融通が利かないため、1984年に武蔵ヶ辻延長に伴う車両の不燃化工事が必要とされた際、歯数比を5.85(線路がよくなったのでこのくらいまで上げても全然問題なくなったのです)に変更。応加重装置を取り付け200%までの混雑なら加速力一定を保証しました。
 歯数比が5.85になったことで全界磁の引張力が8,400kgとなり、力に余裕が出たことから2M1Tとなりました。結果200%定員で2.3キロ/秒、最高速度は110.9キロとなり、高速性能がかなりダウンしてしまいましたが、加賀電の最高認可速度は106キロ、普通電車は通常90キロ前後が最高速度となるのでそれほど問題にはなりませんでした。
 300形は装備するMB-3020モータがたいへん使い勝手のよいものだったため、500形や600形を新造する際にもMB-3020を採用し、現在でも第一線で活躍するなど、加賀電の車両性能を大きく底上げした立役者といっても過言ではありません。

▲2ドアクロスシートゆえにラッシュ時はたいへん扱いづらい存在でした。そのためラッシュ時は比較的空いている準急に使われていましたが、それでも乗降時間は他の形式に比べて余計にかかって運行の足を引張りました。

「よいモータ」って基準がよくわからないのですが

切り口によっていろいろですが、この場合は「所定の性能を容易に引き出せる」という意味で使ってます
MB-3020はどの速度域からでもトルクが引き出せて使い勝手がいいのよ。限流値410アンペアで高速運転なら4.21、普通電車なら5.85あたりを選んでおけば、加賀電ならまず不満のない性能を引き出せるのね
410アンペアって…国鉄101系とかは310〜350アンペアだったと思うんですがずいぶん大電流じゃないですか?
加賀電は2両編成、国鉄は10両編成だもの
さらに列車密度も国鉄さんは高いですからね。幹線で4,000アンペア、通常は3,600アンペアあたりが編成で使える電流の上限となります
加賀電は?
2,100アンペアで〜す!
しょぼっ!
いやいや、中小私鉄で国鉄幹線の半分ってのは大盤振る舞いですよ。端子電圧375ボルトなら全並列でユニットあたり525アンペアまでいけますから
あ、もしかして加賀電が3両編成までってのは
そういうこと。1編成あたり1ユニットまでしかモータ車を入れられないのね
あれ? 180型と600形を連結すると2ユニットになりますよ?
3Mになるときは増結車の電流制限を行ってます
つまり600形が410アンペア、180型が150アンペアになるわけ
あ、もしかして180型のモータが4基じゃなくて3基なのも
そういうこと。4モータだと電流制限超えちゃうのよね
100形も8モータにすると電流制限ひっかかりますし、3連が組めないのもそういう理由です。
なるほどなるほど。つまり730形が4モータ永久直列なのも、電流制限2,100アンペア以内に収めるためなわけですか
マーヴェラス! ここにすべての事象が一本の糸につながりまし〜た! つまり犯人はこの中にいま〜す!
いや、犯人とかいませんから
いるとすれば変電所増設を承認しない社長よね
マイガッ!

▲その優れた足回りは通勤型に改装されても健在でした。加速力こそ2.6キロ/秒から2.3キロ/秒に落ちたものの、2M1Tで力強い走りは健在。晩年まで動物園線直通急行を中心にMB-3020の力強い健脚を披露していました。

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