●ホームページへ

 「ツー・ツッ・ツッ」
 キハF261の運転台に、ブザが鳴りひびく。「ツー・ツッ・ツッ」は『感度どうかね』を意味する合図だ。感度よしの場合は、鳴った音と同じ音を返す。
 運転台につめている澄里工場長由崎は、「ツー・ツッ・ツッ」っと「応答よし」のブザを送り返すと、今度はインカムから声が聞こえる。
 「制動試験行きます。加圧」
 「シュー」という音とともに、圧力計の針が450kpaを指した。
 「圧力450」
 由崎はインカムに応答する。
 「圧力450。圧力よし」
 インカムの向こうからも、同じ圧力であることを知らせてきた。
 「レリーズ」
 今度はブレーキの緩め試験。圧力計の針がするするっと落ちていく。
 「レリーズよし」

 一通りの検査を終えて、261号車から由崎が、184号車からはめがねをかけた佐野が降りてきた。二人は261号車と184号車の連結部分を覗き込みながら、顔をあわせる。
 「とりあえず24ボルトとグランドは問題ないですね。デコードもうまく行ってるようですこれでいけそうですね。サイパン工場長?」
 同じように連結部分を覗き込んでいる由崎工場長に、佐野は呼びかける。
 「まあ、後は運転士次第だな……」
 由崎は声のほうに振り返り、2両の気動車を眺めながら答える。

 2月17日午前9時ごろ、通勤快速902Dは沢入の踏切で乗用車と接触事故を起こした。184号車には損傷ないものの、185号車は先頭台車に自動車を巻き込んだため、車体の一部と台車の全面的な補修が必要となった。まあそれは手持ちの部品を駆使すれば、1週間程度で復旧できるレベルの損傷ではあった。
 しかし、すみさといちご鉄道には9両しか車両がない。平日のラッシュ時は9両中8両使用のぎりぎり状態で、しかも現在、232号車は全般検査に入ってバラバラになっている。つまり現時点で予備車両は1両もない。
 仮に232号車が生きていたとしても、通勤快速列車はいちご鉄道で最も混雑する列車であり、2ドア車1両で走れば積み残しは必至だ。だからといって運休すればもっと悲惨な結果を招く。かつてならJRからキハ40の1両でも借りて急場をしのげたが、JRは電化してしまい気動車を持っていない。
 八方ふさがりの状態のとき、工場の誰かが言った。
 「261号車、営業に出せませんかね」

 キハF260形は、すみさといちご鉄道に入線したばかりのぴかぴかの車両だ。最新の動力システムをふんだんに使った次世代気動車である。現在試運転の最中だが、すでに国土交通省からの認可は下りており、営業運転に使えないことはない。
 しかし、184号と連結するには少々問題があった。
 まず、ブレーキシステムがまったく異なっている。184号車はCLEという電磁弁でブレーキ圧を調整するシステムであり、261号車はECBというデジタル方式のブレーキシステムを採用している。また、184号車が自動車で言うマニュアルトランスミッションで、261号車はオートマチックトランスミッションという違いもある。まったく素性の異なる車両を連結したところで同期は取れない。特にブレーキが統一できていないのは安全上問題がある。
 とはいえ力行に関しては、184号車と261号車両方に運転士を乗せ、ブザで合図をしながら歩調をあわせて走るということもできる。しかしブレーキに関しては何とか統一したい。

 「サイパン工場長、261にはたしか230と連結するためのCLE作動弁がついてますよね。あれは184につなげられないんですか?」
 工員の一人、佐野が進言する。
 「あの作動弁は、231のCCSを直接たたくスイッチでな、BP管でなく24ボルトにつながっとる。CCSを搭載していない184には、対応する芯がないんよ」
 工場長は仕様書を示しながら、生返事をする。
 「でも、261にも空制管は通ってるんでしょ?」
 佐野は食い下がる。
 「通ってはいるが、ブレーキ指令はあくまでも電気指令でやるんよ。CLEモードってのはな、相手側CCSのコマンドを受け取って、その近似値を261のCCSが作り出して電気指令でブレーキをブレンディングするのな。だからCCSがなければ、できたとしても184号車からはBP管減圧での非常ブレーキしか指令できん」
 多少いらいらしながら、工場長は答える。そんなくらいで併結ができるならとっくにしてるさ、と言わんばかりに。
 261号車はディーゼルエンジンこそ搭載しているが、エンジンはあくまでも発電用であり、走行はモータで行う。ブレーキもしたがって回生ブレーキを常用。空気ブレーキも回生ブレーキと相性のいい電気指令式で制御する。電気指令から中継弁を介して空気指令を作るわけで、自動空気ブレーキとは動作手順が異なっているのだ。

 「いや、ですから、184号車は自動空気ブレーキといってもCLEじゃないですか。てことは24ボルトが2本通ってるわけでしょ?」
 佐野は食い下がる。CLE自動空気ブレーキはブレーキハンドルからの指令を電磁弁を介して行う。そのための24ボルト引き通し線が2本(減圧用と加圧用)通っている。この信号を261号車のCCSにデコードして読み込ませれば、というのが佐野の主張だ。その言葉に工場長の表情が変わる。
 「そら通ってるが……、エンコード形式が異なるだろう」
 佐野はなおも主張する。
 「でも電気信号自体は、261のCCSが読もうと思えば読めますよね。中継器かませて信号をエンコードして何とかなりませんか?」
 「24ボルトを261号車のCCSに擬似信号として読ませて、ほかの機能は短絡するわけか……まあ、電圧変化を電気指令に読み替えるだけだからな……」
 工場長は仕様書をめくりながら、ぶつぶつと独り言をつぶやく。そして顔を上げた。
 「2時だな。2時までにロム焼けるか?」
 「制御系いじるだけですから、いけますよ」
 佐野は力強く答えた。
 

 「……そんなわけで、ブレーキはCLEで動かします。261号車からブレーキの指令は出来ませんので、滝沢からの帰りは184号車で操作して、261号車からのブレーキ操作は行わないでください」
 仕業検査の前に、由崎が担当運転士2名、吉川と重田に184号車と261号車の連結についての説明を行う。吉川も重田もいちご鉄道がプロパーで採用した若い乗務員で、非総括運転の経験はない。
 「しかしずいぶんと曲芸的なつなぎかたですねえサイパン工場長。でもまあ、後は任せてください。何とかしますよ」
 重田は力強く答えた。重田は261号車の搬入から試運転まで担当しており、少なくとも261号車についてはいちご鉄道の中で彼がもっとも良く知っている。
 「それにしてもシゲさん、21世紀の世にもなって協調運転やるとは思わなかったねえ」
 「川東線でキハ17+キハ02をやって以来かねえ」
 吉川が横槍を入れる。
 「そうそう。あんときはヨッさん後ろからガンガン押すから。姫川の下りで脱線するかと思ったよ。」
 重田が遠い目で返事をする。
 「……あのう、思い出話はけっこうなんですが、お二方ともそんな昔から運転士をなさってたのですか?」
 佐野が不思議そうな目で重田と吉川を見る。
 「ん、俺はシゲさんじゃないからわからない」
吉川が答える。
 「俺もヨッさんじゃないからわからんねえ」
重田も答える。
 「じゃあ、サイパン工場長、行ってきますよ」
 狐につままれたような顔をした佐野を横目に、重田が261号車に、吉川が184号車に乗り込んだ。
 「気にするな、奴らはああいう奴なんだ」
 由崎が佐野の肩をたたいた。

 「入信よし、澄里1号予告、警戒15」
 重田運転士はブザをビーと一打鳴らす。程なく吉川運転士からビーと返信が入る。出発差し支えなし。
 重田は耳をすませる。すると後部からDMH17がうなりを上げる音が聞こえた。ここですかさず261号車のノッチを1に入れる。すると見事に同期が取れて、2両の列車は動き出した。
 「完璧だ…やはり俺は美しい」
 先頭の261号車は電気指令なので、ノッチ投入から動作までの応答が速い。したがって、261号車が先に起動すると、車両に余計な負荷がかかる上にギクシャクしてしまう。まずは後ろの184号車を起動させ、液体変速機の高いトルクを先に発生させてからおもむろに261号車を起動したほうが、きれいなスタートができるというわけだ。

 一方後ろ向きで乗務する184号車の吉川運転士は、変速ノッチ投入のまま15キロを維持し、重田運転士のブザを待つ。
 「ビッ、ビー」と重田から停止指示のブザがなった。すぐに吉川は返信のブザを鳴らし、停止操作に入る。停止目標が見えない状態でのブレーキ操作には神経を使うが、インカムを通して吉川運転士がブレーキの指示を行ってくれる。
 「ヨッさん制動?レリーズ、あと15メートル、10メートル…5メートル。はいやわやわー」
 その声を元に、いつも自分が見ている風景を思い浮かべ、頭の中に見える停止線に向かって減速する。そして速度が5キロを切ったあたりから、徐々にBPに加圧し、ゆるやかに停止する。
 「はいこちら261号車、俺には劣るけどナイス停止。支障なしです。184号車もドア扱い願います」
 重田運転士から支障なしの声が届く。261号車と184号車の間には、24ボルト以外の線が通ってないので、ドアは各車両で操作しなければならない。
 「184号車承知。ドア扱いします」
 待ちかねた通勤客は、見慣れない新型車に一瞬目を奪われつつも、ドアが開くと同時に社内に吸い込まれていった。
 

 エンド交換を済ませ、重田運転士が反対側の運転台に乗り込んだ。ここから滝沢産業まで、重田運転士は184号車の妻面を見ながらの運転となる。
 「吉川聞こえるか? 261号車エンド交換完了。発車準備よし」
 重田はマイクに向かって発車準備完了を知らせる。
 「こちら184号車、発車準備承知」
 吉川からの冷静な返事が返ってくる。
 「それにしてもなんだな、昔見た合体ロボみたいだな……」
 重田は独り言をマイクに漏らす。
 「なんだよ急に」
 「いやさ、子供のころ合体ロボを見ていて思ってたんよ。主人公はガラスばりのコクピットに収まるけどさ、足とか腕とかの担当ってどんな気持ちなんだろうなって。ああ、今の俺がまさにそんな心境だ。リーダー様の指示に、的確にアシストするのが役目なんだなって」
 朱色の妻面を見つめながら、重田がしみじみと語る。
 「そうか。じゃあリーダー様からの指令だ。本線出発進行制限45、圧力450。ドア扱い願います」
 吉川がそういうか早いか、184号車のドアが閉まる。
 「261号車発車支障なしドア扱い承知」
 そういうと重田は後ろを向き、客用扉を閉めた。
 「261号車戸締めよし。リーダー、たのんますよ」
 重田はそういって、ブザを一打鳴らした。
 
 
阪神電鉄は45キロしか路線がないのに大手私鉄を自称している。しかも戦時統合もされず開業時から100年間阪神電気鉄道のまま名前が変わっていないなどめちゃくちゃ。もう少し歴史的にリアリティのある設定をしてほしいものだ。

サマンサ 2007/mailto:dan564@gmail.com inserted by FC2 system