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■優等列車の体質改善を目指して…1600形

 1984年の国鉄〈するがシャトル〉設定からの駿遠急行は、運転速度の底上げのため、6年かけて40両の普通電車専用車両を製作。これによって静岡~島田間は特急で28分まで短縮することが可能となった。
 しかし一方で普通電車の増備にリソースを割かれた関係で優等用の車両は普通用に比べ見劣りが激しく、七夕豪雨の際に新造した1000形はいまだ冷房がついていないありさまだった。これらの車両のリノベーションを急ぐとともに、将来の速度向上をにらんだ新型車両の投入は急務となっていた。
 そこで1990年に製造されたのが1600形である。
 1600形はTc+Mの2両を背中合わせにした4両つなぎで、2M2T構成であるものの将来の最高速度向上を想定した設計となっている。
 基本システムは前年に製造した1500形からうってかわってVVVFインバータ制御を初採用している。もちろんGTO-VVVFではあるがいかんせんまだVVVFの在り方を各社模索していた時期であり、駿遠急行もしばらくの間このじゃじゃ馬に翻弄されることになる。
 外見としては1990年に発生した踏切事故で乗務員が重傷を負ったことを鑑みて、乗務員保護の観点から運転台を300mmかさ上げした点は1500形と同じで、さらに正面下部に緩衝器を取り付けて乗務員保護に努めている。
 乗用車の車高はおおむね1400mmなので、乗務員室の高さを線路面から1400㎜よりあげることで物理的な衝撃から乗務員を保護できるというのがこの正面デザインの考え方で、残念ながらトラックの保護までには至っていないがそれでも従来の運転台よりはサバイバル性能が上がっている。
 また、運転台後部の仕切り壁を取り外し可能とすることで乗務員の救出をスムースに行えるようになっている。


▲運転台を高く取り、下面にバンパを取り付けた1600形。正面デザインの基本は乗務員の保護という考え方に拠っている。

 ボディはアルミ製シングルスキン構造。このあたりも将来の120㎞/h運転を見越したデザインと言える。正面は上半分を約5度傾斜させてスピード感と軽快感をイメージ。七夕豪雨以来コストコストでどうにも車体のスタイリングまで手が回らなかった駿遠急行が、ようやく見せたプチ贅沢と言える。
 また、これも将来の高速運転への布石だが、ヘッドライトが腰から上部に移動した。これはより遠くから列車を視認してもらうための対策だが、ヘッドライトの取り換えを車両外部に降りずに交換できるようになったため実現したスタイルである。つまり正面窓の拡大は天井までガラスを大きく取り、ガラス越しにライトを点灯することでヘッドライトを運転台内部に引き込んだデザインというわけである程度の必然性があってのもの。決して見てくれだけで決まったスタイルというばかりではないのだ。
 その萌芽は1500形にあったにせよ、外観を一新して登場した1600形は相応に駿遠急行の気合の入り方がうかがわれる出来になってはいるが、せっかくの特急用でありながら座席は工夫のないロングシートで登場した点は一部のファンを落胆させた。とはいえ新金谷まででも35分(当時)の路線でクロスシートの必要性は全く感じないのもまた確かなのだが。

▲リノベーション前の1600形。正面運転士側のみ窓下辺が情報に吊りあがっている。本来非常ドアもそのようにするはずだったのが設計ミスで非対称になってしまったもの。ちょっとみっともない。

■1編成だけ120㎞/h対応
 1600形は全部で5編成が製造されたがそのうち4編成はGTO-VVVFで登場。MAP-168-15VRコントローラで1C8M制御。編成内1コントとなるが、VVVFはまだ価格がこなれていなかったので、ACインダクションモータはDCシリースモータと異なり並列接続になるので、空転にはめっぽう強いという期待もあった。
 モータはMB-5070で出力は180Kwと大きく取っている。ギアリングは6.06(97:16)。これでも定格1,755rpm、ピーク5,800rpmを保証した高回転モータなので、定加速領域で3.0km/h/sの加速力とフリーラン領域で130㎞/hの高速性能を両立できる…はずだった。
 定格電流は4両つなぎ2Mと他社に比べ編成が短いことから121A/60Hzと大きく取り、低速での加速性能を確保。ギアリングが6.06だと定電圧領域のスタートが54㎞/h程度になるが、120㎞/h運転を行うならばそこで5,000kg程度のトルクがほしいところ。そのため将来的には144Aに定格電流を増加して対応できるよう準備されていた。
 このパワーを有効に走行性能へ変換すべく、車体もアルミのシングルスキンで軽く造り、台車も1500形で採用したボルスタレス台車となった。台車で2t、車体で3tの軽量化を果たし、M車33t、Tc車24tとたいへん軽くなった。Tc車にいたっては駿遠急行御用達のD16台車でも支えられる軽さとなった。
 だが、この軽さが120㎞/h運転で仇になった。
 高速運転には軽ければ軽いほどいいのは間違いないのだが、同時に動軸数も相応に増やさないとトルクの伝達がうまくいかないのだ。
 MB-5070モータは起動時に2,800kg程度のトルクを発するが、ギアリングが6.06まで深くなると空転のリスクが非常に高まる。VVVFでモータは並列接続なのだからDCシリースモータの1C8Mよりは断然走りがいいのはたしかなのだが、雨の降り始めなど不確定要素が増えると推定式計算が間に合わず、実際の路面の事情を反映しない電流値や周波数をインバータが指示してしまうケースが頻発。加えて車輪径が2cmも変化するとトルク伝達の効率が12%も悪くなるなど、発展途上の技術ゆえの問題が多々現れた。
 推定式の遅れの問題は現在のベクトル制御では解消されているし、スイッチング周波数を高く取れるIGBTでは空転問題もほぼ顕在化しなくなった。
 1600形も現在はソフトウェアの書き換えで安定した走りを見せてはいるが、それでも後述の1659編成をのぞいて120㎞/h対応にはなっていないところを見ると、羹に懲りて膾を吹いてしまったのだろうことは容易に想像できる。
 その1659編成だが、1651・1653・1655・1657編成が1992年~1993年に登場したのに対し、1659編成は少し開いて1999年に登場している。これは2000年から1300形のリノベーション工事が始まり、1~2編成が常時使えなくなることに対する対策だった。
 そうなると時代的には今更GTOでもあるまいということでIGBT-VVVFに。1コント運転でトラブル続きだったので2コントとするもMAP-136-15VRの型番が示すように制御は1C6M。つまりTc車の後部台車とM車全軸が駆動輪となる。実質3M1Tとなるのでモータ出力もその分抑えられ、ゼロ速度からのトルク変化をなだらかにできる。
 演算も推定式からベクトル制御に、スイッチング周波数も500Hzから750Hzに向上するためその分さまざまな余裕が生まれる。1659編成ではその余裕を加速性能の向上に割り振った。
 すなわちモータは135KwのMB-5040。定格電流は117Aと高く取り低速時の加速を保証。そこからギアリング5.44(87:16)にものを言わせて低電圧領域を77㎞/hまで引っ張る。ここで2,000kgのトルクを残し、フリーラン領域の均衡速度を150㎞/hにセッティングしている。低速時に大電流をかけても動軸が1.5倍になりギアリングが浅いため、空転の確率はGTO車に比べて大きく改善されたわけだ。


▲初期型のインバータ(上)は1C8MのGTO-VVVF。4000V3000Aの大容量を活かして8モータ制御としたものの、トルク管理に難を残した。1659編成(下)はIGBTとなり、1C6M×2コントで走行特性を改善。

 このセッティングで120㎞/h運転への自信をつけた駿遠急行は、120㎞/h運転に向けて信号設備の更新、閉塞割の見直しなどを行い、2012年には特急用新型車両2000形を製造。ついに静岡~新金谷間で30分を切る快挙を成し遂げたのは記憶に新しい。それにしても試験から運転開始まで12年を要しているのは、もともと高密度運転で閉塞間隔が約300mと狭い駿遠急行において、信号設備の全面交換が必要となったためだ。加えてかかる予算も時間も莫大で、新造車両が2000年から2010年の10年にわたって登場しなかったのも、ひとえに線路改良工事に予算をとられたからである。
 閑話休題。それにしてもここまでセッティングが変われば別形式としても何ら不思議ではないし、むしろ機器類の互換性は1659編成とそれ以外で互換性がないのだから別形式とすべきだったのだが、諸事情から1600形の続番として生まれてしまったようだ。
 現在でも1600形のうち1659編成のみが120㎞/h対応となっており、2000形のうち2本が検査や故障などで入場すると、代走特急運用に入る姿をよく見かける。
 1600形は結局5本が製造され、デビュー当初は特急運用に使われていたが、2000形の登場後は110㎞/h対応車として急行・準急用として活用。ただし2000形は6編成しかないため2編成が検査やトラブルで離脱すると運用が賄えなくなる。その際は前述の1659編成が特急運用にピンチヒッターで使われる。
 なお1600形はボルスタレス台車なのでR=80mのカーブが存在する団地線への入線はできない。そのため快速に使われることは原則としてない。
▲特急代走運用に入る1659編成。足まわりは2000形と同等なので2000形と同じ運転時分で走れる。そういえばパンタグラフもシングルアームパンタグラフになっている

サマンサ 2019
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