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■足回りは贅沢。足回りはね…1700形
 駅間距離の短い駿遠急行では、普通電車の走行性能がダイヤのカギを握る。10分の間に2本の優等が走る中を退避駅まで逃げ切るには、最低速度を可能な限り向上する必要がある。
 そこで1982年より普通電車は専用の高加速車で運行する方針を立て、1985年までに13本の1200形・1230型を製造して運転時分を詰め、特急の所要時間を6分短縮することに成功。特急で静岡~新金谷間31分というスコアはJRと同等の所要時間。路面電車上がりの駿遠急行カーブ式会社の汚名を返上した瞬間でもあった。
 しかし駿遠急行はここからさらに2分詰め、新金谷まで29分を目指すことにした。なぜ目指すのか?
 
 「そこに新金谷があるからさ」と、当時の社長がいったか言わなかったかは定かではないが、とにもかくにも普通電車はあと2分の短縮が課せられた。
 とはいえすでに1200形の性能いっぱいいっぱいでランカーブを引いているので、それ以上の短縮となると最低限でも抵抗制御の1200形を粘着性能のいい新型車両に置き換える必要がある。粘着性能を向上すれば駅間3秒程度は縮まるので、20駅で2分詰まるという理屈が成り立つわけだ。
 そこで、1992年に車体は軽くかつ粘着性能を重視した新型車両を、1200形4編成の代替として製造することになった。これが1700形だ。GTO-VVVFとしては1600形ともども最後の世代となる。GTOのトロい演算に辟易していた駿遠急行はこの後すぐにIGBTに飛びつくことになる。


▲GTOのかったるい推定式演算を嫌って個別制御方式を導入した1700形。巨大な冷却フィンが12個並ぶ重たそうなインバータ制御装置が、過酷な走りを物語っている。
 1700形のコンセプトは「ひたすら粘着」。その点VVVFはDCシリースモータの車両よりは確実に粘着してくれる。
 しかし駿遠急行にとってGTO-VVVFとは、1600・1700形の前に登場した1500形で「ここ一番で頼りない」という評価が固まっていた。特に「何も考えない鬼粘着」である1200形界磁チョッパ車が1C8M車にもかかわらず0A制御の威力で「100㎞/hからでも安心して突っ込める」と好評なのに対し、1500形は「コンピュータが考えすぎて」雨の日にぐずるというのが乗務員の印象だったのだ。特急型の1600形はともかく、停止回数の多い普通電車でぐずられると運転士のストレスも相当なので、普通用の1700形ではこのネガを徹底的につぶすことにした。、
 1500形が「考えすぎてグズる」理由は8モータの粘着状況をCPUが全部面倒見て推定式にほおり込んで周波数を算出するからに他ならない。1C8M制御であるということは、それぞれのモータの事情をくみ取ったうえで推定式から「平均的なトルクを出す」わけだから、スリップ/スキッドに対してもそれがわかるまでは適切な処置をとることができない。
 ならばひとつにインバータにはひとつのモータの管理に専念してもらおうという発想が生まれた。つまり1700形は1C1M、個別制御となった。
 コントはATR-H1110-RG049A。モータは110KwのTDK-6145Aとなっており、東洋電機でシステムをそろえている。そうなると自動的に駆動方式はTDとなる。この1700形以降、優等車は三菱、普通車は東洋というすみわけになるのだが、鉄道マニア的には「逆じゃね?」という声がないわけでもない。
 110kwモータとは言え全軸駆動なのでトルクはありあまっており、起動時のトルクはひところの電気機関車なみの19,200kgもある。これをたった68tのドンガラを動かすのに使うのだから、起動電流は絞りに絞って67A。ピークでも110Aも流せば十分すぎるトルクを発生する。

▲JRとの併走区間で普通電車用ながらJRの電車をあおりまくれる高加減速性能は乗務員の評判も上々。あとはゼロ速度でいかに衝動なくとめられるかが運転士の腕の見せ所となる。

 最高速度は100㎞/h出れば十分なので、ギアリングは7.07(99:14)。雑な電流流したらあっという間に空転するセッティングだがそこはVVVF個別制御のリニアな制御でジャークをがっつり効かせて加速する。そのため初速はややまだるっこしい動きをするが、10㎞/hあたりで非同期モードを抜けると猛烈な加速(公称4.5km/h/s)で定トルクモードを駆け上がり、54㎞/hで定トルクモードが終わっても90㎞/h付近まで定電圧モードで引っ張れる。定電圧モード終端(91㎞/h)までの到達時間が29秒なので、90㎞/hまでの加速力が3.1km/h/sという計算になる。そしてフリーランモードは91㎞/h~100㎞/hのわずか9㎞/hの領域でしか使わないという贅沢な設計のため、全速度域でトルクがありあまったマッチョな走りになっている。体感的には100㎞/hまで加速がまったく衰えない。
 もちろんこんなトルクを路面にかけた日には、雨が降れば瞬く間に大空転となるが、個別制御の威力で推定式は単純化されており、空転検知も1C8M車の比ではない。1モータが空転したら残り7モータのトルクを増し、即座に再粘着をかけるなんてこともできるのだ。
 とにもかくにも1700形は、1200形をはるかに上回るトルク特性と粘着性能を獲得したのだった。これに文句を言う運転士はたぶん、いない。


▲アルミボディの平滑な1600形の側面に比べて、ステンレス板の溶接痕が見えてしまう1700形。はたしかにチープではあるが、だからと言って性能が劣るわけでもないし、むしろ軽量化が進んで高性能に磨きをかけたともいえる。

■鬼粘着の代償
 東洋電機もあきれるほどの高性能を手に入れた1700形だったが、結果として高価格という代償を払わざるを得なくなってしまった。
 そうでなくても普通電車は特急に比べて半分以下の走行距離しか稼げない上に、混雑率も特急の半分以下だ。そんな列車に特急型をはるかに上回る高価な車両を導入するというのは経営判断としておかしいと言わざるを得ないし、社長が株主からつるし上げを食らうに十分な理由となる。総会屋を雇う金もなくなるような高価な電車を4編成も入れるのだから、当然上回りはチープ・オブ・チープにならざるを得ない。
 そこで駿遠急行は東急車輛に泣きついて、JR901系で導入された軽量ステンレス構造に目を付けた。価格半分質量半分寿命半分のコンセプトに飛びついたわけだ。
 寿命半分が気になるところだが、13年後も社長が社長の座にいる保証はない。13年後のことは13年後担当者がに考えればいいのだ。詰め腹を切らされるのも13年後の社長だ。
 そういった経営判断から1600形のアルミボディとは全く異なるステンレスボディをまとうことになった。正面形状は1600形と同じだが、ちょっと側面を見ると明らかに漂う安物感から、乗務員には「びんぼっちゃまくん」の愛称で親しまれた。
 それでも併走区間で東海道本線の電車を軽くぶっちぎる加速性能や100㎞/hから260mで止まれるブレーキ性能は運転士から絶大に支持され、量産が強く望まれた。
 しかし日本の景気はこれから真っ逆さまに急降下するわけで、駿遠急行としてもこんなお大尽な普通電車を導入する体力はなくなってしまう。結果1700形は4編成の製造にとどまり、1230型の置き換えは経済的な2100形で行われることになるのであった。
 そして2019年からは老朽化した個別制御インバータを2100形と同じSiC-VVVFに交換する工事が始まる予定だ。
 寿命半分? しらんなあ。
▲デビュー当時の1700形は銀色ボディに赤い帯を回しているだけだった。このあたりもチープさに拍車をかけていたかもしれない。
サマンサ 2019
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