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■120km/h出ればいいというものでは…2000形

 110km/h運転によって静岡~新金谷31分まで詰めた駿遠急行であったが、さらにあと2分詰めて静岡~新金谷29分運転を目指すべく信号設備の進め、2012年には藤枝~新金谷間での120km/h運転が可能(従来通り静岡~弥勒は90km/h、弥勒~藤枝は110km/h)となり、同区間で45秒の短縮が見込まれることとなった。
 残る1分15秒は弥勒~藤枝間で詰めなくてはならないが、同区間は旧東海道に沿った線形でカーブ(速度制限)が多く、120km/h対応にしても投資の割には短縮効果が見込めないため、車両側で対応することにした。
 そこで1999年に1600形の足回りを高速対応に再設計した1659編成を製作し性能を検討し、2012年に登場したのが2000形となる。
 高速化と言っても最高速度自体は120km/hなので従来車でも出すことは可能だ。しかし加速側に振ったセッティングの駿遠急行では、100km/hでのトルクが4000㎏程度となり、加速力に直すと0.8km/h/s程度になってしまう。これでは加速に時間がかかりすぎて、駅間距離の短い駿遠急行では効果が薄い。
 そこで2000形では、100km/hでのトルクを9800kg確保することで100km/hでの加速力を2km/h/s確保することにした。何かいろいろ間違っている気もするがカーブの多い駿遠急行では中間加速がヘタレていると時間短縮にならないのだ。
 VVVFの走行モードには、定トルクモード、定電圧モード、フリーランモードの3モードがある。ギアリングにもよるが定トルクモード終端が54km/h、定電圧モード終端が77km/hあたりになる。駿遠急行は50km/h・65km/hの速度制限が多いのでこれまでは定トルクモードのトルクを太らせるのが常道だった。つまりギアリング6.06~7.07あたりを好んで使うわけだ。
 普通電車用の1700形はそういったピーキーなセッティングと個別制御によるトルク管理で高加速を獲得したわけだが、2000形は特急用。そのためフリーラン領域でも十分なトルクを残しておかなくてはならない。


▲コストと性能を鑑みて採用された1C6Mインバータ装置。もちろん純電気ブレーキに対応。台車は初採用の円筒案内台車。近畿車輛から「乗り心地を考えたらこれ以上のものはない」と太鼓判を押されたとか。
 フリーラン領域にトルクを持ち込むのであればギアリングを浅くするのが手っ取り早い。たとえばギアリングを83:14(5.03)くらいまで浅く取れば120km/hでもかなりのトルク(=加速余力)を確保できるが、今度は低速でのトルクが不足する。
 そこで、これまで優等用はMT比1:1を基準にしていたものを1.5:1とすることで低速のトルクを補うことにした。つまり2M2Tだったものを3M1Tとするわけだ。
 トルクというのは厄介なもので、モータにあふれんばかりのトルクを持たせても、それをちゃんと地面に伝達できなければ空転してしまう。そのため起動時にはトルクを控えめにして、地面に食いついたら徐々にトルクをかけていくという方法で加速していくわけだが、大馬力モータでギアリングを浅くすると、低電流では起動せず大電流で空転するというじゃじゃ馬状態になってしまう。
 それゆえにモータの数を増やして1軸あたりにかかるトルクを軽減しつつ加速力を維持する方法をとらざるを得ないわけだ。3M1T化の根拠はこの、フリーラン領域までトルクを維持するが故の低速でのトルク維持にある。
 とはいえいたずらに車両価格が上昇するのも好ましくない。3M1Tならば4モータ並列接続3コントという構成が一般的だが、2000形では6モータ並列接続2コントという方式を採用した。メリットはもちろんコントをひとつ減らせること。デメリットとしては並列接続とはいえひとつのインバータで多数のモータを制御すると空転制御で不利になることだが、かつてのGTO-VVVFの推定式方式とは異なり、高速のコンピュータでベクトル演算が可能となった今ではそこまで不利とは言えない。なんとなれば2台のコントをリンクして片方のコントで空転するモータが見つかったらもう片方のコントが出力を強めてトータルのパワーを維持するなんて芸当もできる。それがTIS(列車情報装置)だ。
 ふたつのインバータをTISが監視し、フィードバック信号をもとにそれぞれのコントに対して適切な電流量(=トルク)を配分する。これによってもともと空転制御に有利なインダクションモータ並列接続のシステムがより安定した走行性能となり、GTO-VVVFのときに悩んでいたトルク制御の難しさはいったい何だったのだろうというくらいにスムースに走るようになった。
 これによって駿遠急行もようやく界磁チョッパ制御の未練を断ち切ることができた。GTO-VVVFは粘着性能の改善を見たものの、駅間距離が短くピーキーな走りを要求される駿遠急行では、「何も考えず電流制御をしてくれる」界磁チョッパ制御の方が好まれていたのだが、IGBT-VVVFにベクトル制御を加えたシステムであれば、界磁チョッパをはるかに超えるレスポンスの良さから運転士たちは「GTO車の更新を急ぎたまえ」と息まいている。無茶言うなよ。
 そんなわけでコントは三菱電機謹製MAP-136-15VR2。モータは135kwのMB-5040Bとなっているが、いずれも1600形1658編成のシステムと同等のものが使われている。ギアリングも5.44(87:16)で同様だ。
 これによって低速では12モータの威力大トルクを伝達して加速性能を確保。144Aの大電流で54km/hまで3.0km/h/sの加速力を維持して定電圧モードへ。ここで1パルスモードになるまで電流をガンガンくれてやって77km/hの終端速度で2.5km/h/s、そこから120km/hまでは平均2.0km/h/sでフリーランのトルクを持たせるセッティングとなった。120km/hでの加速余力は1.0km/h/sあり、全速度域でしっかりとトルクを残せるようになった。
 車両質量は1600形のアルミシングルスキン構造からダブルスキン構造への変化とTISの壮美などから質量がかさんだが、それでも各種機器の小型化によりM車36t、T車26tに抑えている。
 パンタグラフは集電容量を鑑みて両先頭車に2基ずつ、計4機を掲げる物々しさとなっている。
 このシステムを近畿車輛に提案したところ「標準軌なのに狂気の沙汰だ」と言ったとか言わなかったとか。

■安全は時代の要請

▲左右に張り出した緩衝器。見た目はどうにも不細工ではあるが、乗務員のサバイバル性能はスタイルに優先するということで押し切った。運転台位置も女性乗務員の採用に伴い下げられている。

 1600形の製造から10年以上が経過していたため、正面形状も時代に合わせてリニューアルすることとなった。
 1600形は衝突事故の衝撃から運転士を守るため高運転台としたが、これがまた運転士の評判があまり芳しくなかった。精密停車においては運転台は低いほうがいいというのだ。特に普通電車の運転で使われている1700形に関しては運転席をいっぱいまで下げて運転する光景がよく見られた。
 また、1600形の時代と変わった光景としては女性の乗務員が増えたことだろう。特に小柄な女性において1600形は後方確認に手間がかかるとして、運転台をもう少し低くしてほしいとの要請があった。安全にかかわることなのでそれは十分に納得のいく提案であったが、衝突安全性とどのように折り合いをつけるかが課題となった。
 そこで2000形では、1600形以上に大きなバンパーを取り付けて衝撃を吸収するとともに、レール面から1.6mのところを頂点に円弧を描く構造とした。
 これは、正面の表面積を大きく取って接触の際に衝撃をできるだけ分散させるという考え方。まずバンパーが当たり、その衝撃を正面が変形することで吸収しつつ、200㎜奥まった乗務員の着座位置に衝撃が可能な限りいかないよう、側面のアルミフレームに衝撃を分散し、あえて柔構造で造った運転台上部を変形させて乗務員を守るサバイバルカプセルを構成している。
 こうすることで従来よりも150㎜運転台を下げつつも、保安機能を妨げない運転台のデザインが成立した。
 同時にピラーを極力薄く取って前方視界を改善。右側ホーム停車における視界の拡大をはかり、精密停車のストレスを軽減した。
 幸いにもこの運転台は乗務員にも好評で、普通電車用の2100形にも同等の運転台が引き継がれたばかりではなく、1700形の運転台もこれにしてくれという要望が舞い込んでいる。
 簡単に言うなよ…と本社としては渋い顔だったが、1700形の正面はボルト締結の上にコーキングで蓋をしているだけなので技術的には可能。あとはやる気とお金の問題だ。
 もっとも、この形状にも落とし穴があった。
 表面積を稼ぐために円弧正面にした結果、自動洗車機のブラシが届かない部分が出てきてしまったのだ。そのため2000形の清掃では洗車機を通り過ぎてから清掃スタッフが車体裾部分を改めてモップで拭き掃除をするという二度手間が発生することになってしまった。
 あちらを立てればこちらが立たずである。
▲窓下のくぼみには緩衝器が邪魔をして自動洗車機の洗剤やモップが届かない。そのため2000形では係員2名がモップで緩衝器部分を手作業で磨くことになった。地味に痛いコストアップである。

■ようやく置き換えが進むか

 2000形は2012年~2014年で6編成が製造され、特急運用は原則として2000形でこなしている。2000形の導入で1000形全数と1100形が廃車になったが、この先1300形の置き換えは2000形で行うのかというと微妙なところだ。
 というのは2000形は高速運転に対応するため円筒案内方式のボルスタレス台車を履いている。本線の曲線半径はもっとも急なところでR=240なのでボルスタレス台車でも何ら問題はないのだが、団地線のR=80のカーブとなると、ボルスタレス台車の空気ばねが復元力過大に陥る危険がある。
 ボルスタレス台車のキモは、空気ばね自身が変形することで牽引力と旋回能力を枕ばねに依存している。空気ばねのベローはゴムでできているので、ねじれた状態からは元の状態に戻る力が働く。そしてねじれが大きくなるほど復元しようとする力も大きくなる。これを復元力というが、直線区間や緩いカーブではこの復元力は直進安定性に寄与する有用な力となるが、急カーブの場合ねじれたばねが元の姿に戻ろうとして台車を本来の向きと逆の方向に向けようとする。カーブが急になればなるほどその力は強くなり、結果として片方のレールに大きな力が加わってしまう。これを復元力過大というが、ボルスタレス台車の場合その限界点がR=100あたり(SカーブだとR=160あたりでも悪い影響を与えかねない)にあって、R=80では復元力過大が懸念され、レールへの不要な横圧やせり上がり脱線の原因となる。
 そのため駿遠急行ではボルスタレス台車の車両は団地線への入線を自粛しているが、現在ボルスタ付きの台車を履くのは1300形と1800形。1300形はルーツを60年代に持つGTO-VVVF車(まあ実質テセウスの船ですが)でむしろ今後廃車になるクルマ。1800形は1100形の代替増備につくられた「まにあわせ」のクルマ。さすがに世代の古いクルマで今更新造する車両ではない。
 藤岡団地にR=80のカーブがある以上、1300形の置き換えを単純に2000形ですすめることできない。新たにボルスタ付き台車の新形式を起こすか、団地線のカーブをR=120以上にするか考えなくてはならないのだ。
 現在は普通電車用1230型の置き換えを優先しているが、それが終わる2022年ごろまでには1300形の処遇をどうするか考えなくてはならない。
 いずれにしても今後確実に、2000形とは異なるシステムの車両が登場するのは間違いない。なお、120km/hという認可速度はヨーダンパが必要か不要かで言うとギリギリの速度なのだが、とりあえずはヨーダンパの取り付け座だけ用意して「準備工事」としている。
 登場から7年が経過してもヨーダンパを取り付けるそぶりもないところを見ると、どうにかうまくやっているのであろうことが推測できる。

▲駿遠急行の線形を検討してベストに近いセッティングを目指した2000形。しかし価格も相応に効果で、果たして特急用以外に2000形の性能が必要かどうかとなると微妙。しかし特急用とその他優等用で運用を分けている現在はダイヤ乱れの際に運用変更が効きづらく、車種統一は運行管理側からは悲願と言われている。
サマンサ 2019
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